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2006-10-15

SearchmashとGoogle

Searchmashのベータサービスが始まってからというもの、検索は、これでまかなうことが多くなった。Googleをカスタマイズしたものは、自分にとって必要だし、よく使う。にもかかわらず、Searchmashを合わせて使うのはなぜか。

ずばり、Googleの元々の特徴だった、シンプルさである。Searchmashを使い始めてから、Searchmashを、「なんとGoogleらしい」と感じることしきりなのだ。

Searchmashには、実験的な新しい機能がある。それらは、まあ、面白いと言えば面白い。だが、そんなことはどうでもいい。シンプルなUI、余計なことがない画面のありがたさをしみじみ感じている。

Googleをカスタマイズすると、検索が「ついで」になることが増える。メールをチェックしたり、ニュースを見たり、広告を見たりした結果、検索窓に文字を入れる。入れたのはいいが、広告に目がいって、つい寄り道をしたりする。Googleは、検索しようとしている自分として「気が散る」ものにどんどんなってきている気がする。

その点、Searchmashは夾雑物がないから検索に専念しやすい。シリアスに検索をしたいとき、目的的な検索、とくに仕事関連では、Searchmashを使う。検索からことを始めたいときには、カスタマイズした余計な情報はいらないから、いきおいSearchmashになる。「ついでの検索」ではなく、「取りかかりの検索」である。

仕事をしたいときに、広告を見せられるのは煩わしいと思うことがしばしばだ。Googleの立場は、「広告は情報」であり、「消費者のIntentionに沿ったもの」だから、有益だとするものだ。確かにその通り。だが、常に広告が邪魔でないとは限らない。

GoogleとSearchmashの違いをお店に喩えると、Googleが、やたらと店員が話しかけてくる馴染みの場所であるのに対して、Searchmashは、誰も話しかけてこないセルフサービスの店のようなものだと思う。

今の検索の限界は、ユーザーの気分を読み取れないことだ。つまり、広告を見ても良いと思う余裕があるのか、余分な誘惑をしないで欲しいのか。では、気分を読み取ってもらいたいか?といわれればそうでもない。

例えば自分の趣味に関連した単語を検索窓に打ち込んだら広告が現れる、などというものをアルゴリズムで解決してもらう必要はない。むしろ望ましいのは切り替えである。

つまりは、広告を見ないという選択を留保できるようにしたいわけである。いくら検索に関係のある単語を入れたからといえ、あからさまに広告だとわかっている情報を視界にいれたくないこともある。検索したい単語にInterestはあっても、広告を見たいというIntentionがないことだってざらにある。ワンクリックで、広告なしモードに切り替える状況が欲しい。

広告を見ない権利は、サービス利用料という形でユーザーが負担することになる。テレビと一緒だ。それが望ましい、とは明言しないが、そうなるのも仕方ないかな、と思う。

SearchmashとGoogleの二つが相互補完的に、無料で使える今は、実は私にとっては理想の状況である。だが、Searchmashが魅力的なものだとすると、それを有償で提供することをビジネスの主体としてのGoogleは、とうに考えているかもしれない。
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